ダ・ヴィンチ - ワラウ

共感を呼ぶ傑作か? 問題作か? 「多様性」を礼賛する現代人の残酷さを暴く朝井リョウ最新作『正欲』

2021年5月3日

  • 正欲"
    『正欲』(朝井リョウ/新潮社)

    「多様性」を認めようとする今の世の中を「いい時代になった」と礼賛する人も多い。たしかに一部の人たちにとっては望ましい潮流だ。だが、救われたのはマイノリティの中のマジョリティだけなのではないか。「多様性」という言葉は、マイノリティの中のマイノリティたちをますます追い詰めているのではないだろうか。


     朝井リョウ氏の作家10周年記念作品『正欲』(新潮社)は、呑気に多様性を語る私たちに刃を突きつけるような作品。「すべての人を認める社会」を目指すと言いながら、私たちは理解ができないもの、距離を置きたいと感じるものには、しっかりと蓋をする。「多様性」の名のもとにマイノリティを迫害していく私たちの残酷さをこの本は暴いていくのだ。


     物語は章ごとにさまざまな登場人物たちの視点で語られていく。検察官・寺井啓喜。寝具店店員・桐生夏月。学園祭実行委員の大学生・神戸八重子…。一見すると何の共通点もない登場人物たちはどう結びついていくのか。この作品は、簡単にはあらすじを書けない。何の先入観も持たずに、この物語の衝撃をもろに食らってみてほしい。


     自らを「マジョリティに属する」と考えている私たちは、マイノリティとされる他者に対して「理解しなくては」と思いがちだ。だが、その思考はなんて傲慢なのだろう。この物語に登場するマイノリティたちは周囲からの理解など求めていない。自らを気持ち悪い存在だと思い、それが周囲にバレないようにするにはどうすればいいのかを常に考えている。普通を装うとしている。どうして私たちはそんな人たちを放っておくことができないのだろう。ついつい詮索してしまうのだろう。


     何が正しくて何が間違いなんて誰が決めたのか。多数派でいることがそんなに偉いことなのか。この物語を読んでいると、自分の考えの中に相手を押し込めていくことの残酷さに気付かされる。私は自分の想像を超える世界のことを考えたこともなかった。きっと無意識の行動で多くのマイノリティたちを傷つけてきたに違いない。


     この本の言葉に何度ハッとさせられたことだろう。


    自分が想像できる“多様性”だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな。


    みんな本当は、気づいているのではないだろうか。 自分はまともである、正解であると思える唯一の依り所が“多数派でいる”ということの矛盾に。 三分の二を二回続けて選ぶ確率は九分の四であるように、“多数派にずっと立ち続ける”ことは立派な少数派であるということに。


     マジョリティだろうが、マイノリティだろうが、皆、「まとも」でありたいと思っている。その枠から外れることに不安を抱えている。枠から外れてしまったら、どうすればいいのか。絶望しながらも、生き延びるために必死に繋がろうとする人々の姿が強く胸を打つ。


     この作品は、「誰もが自分らしく生きやすい新しい時代」の虚像を引きはがしていく。朝井リョウの新たな代表作ともいえるこの衝撃作をぜひあなたも体験してみてほしい。


    文=アサトーミナミ

  • スタンプを獲得するには、一度 ワラウ を経由してください

    記事一覧に戻る